読者の方々はISO 9001やISO 14001に代表されるマネジメントシステムを自社に導入すること,あるいは認証を取得することに慣れていらっしゃることだろう.しかし,本連載は標準に従う立場ではなく,むしろそのような国際標準(あるいはJISのような国内標準)をどのように主体的に企画し,策定するかということを,経営学の視点から語っていくものである.本連載では,国際標準と国内標準をそれほど意図的には区別していない.ほとんどの論点が両方にあてはまると考えていただいて結構である.また,「標準」,「規格」,「標準規格」も同じ意味で用いている(英語ではこれらの区別はなく,いずれもStandardである).私は普段は多摩大学の経営大学院(MBA)で社会人の受講生の方々に特別講義を行っている.所属はルール形成戦略研究所*1という組織である.この研究所では,私は標準規格という観点から,他の先生方も政治,法律,ロビーなどさまざまな観点から,「ルール形成」を経営にどう活用するかを研究し,発表している.
「ルール形成をどのように経営に活用できるのか」を一言でいうと,「ゲームチェンジャーになる」という表現がわかりやすい.経営は一種のゲームである(現にゲーム理論は経営学の基本理論のひとつである)が,そのルールを誰が決めるのだろうか?もしあなたの企業の業績が芳しくないとしたら,それはゲームのルールが適していないからではないだろうか?それでは,いっそルールを変えてしまえ,あるいは新しいゲームを作ってしまえというのが根本的な発想である.実はISO規格の多くは誰かの手によってそのような背景から生まれてきたと言っても過言ではない.
一方で,企業の側の認識も変わってきている.ポストコロナやニューノーマルと呼ばれる外部環境の変化は,企業の経営を大きく転換する契機となっている.これまで,例えばDX(デジタルトランスフォーメーション)や業務改革というキーワードはしばしば耳にしてきたものの,実態として業務やビジネスモデルが大きく変わったという企業は極めて少ない.つまりは必要性がなかったからでもある.しかし,いまはさすがにどの企業も本気で「変わらなければ」と感じ始めているのではないだろうか.このようなビジネスへの取り組み方の大きな変革に,極めて都合の良い効果的な経営ツールが「ルール形成」,その具体的な手段の一つが「国際標準化」である. ここまでお話しすると,読者の方々もご自分の立ち位置が違ってくることをご理解いただけると思う.おそらく,いわゆる間接部門としてISO等の規格,あるいは国内外の法律への対策を任されている読者が多いのではないかと推察する.失礼ながらいままでは,ビジネスのいわゆる「傍流」にいたのではないだろうか(後述するように私もかつてはそうだった).今の時代こそ,皆様がビジネスの「本流」になる時が来たといえる.企業経営の視点で日頃の経験を活かしていただきたい.本連載では,基礎的な国際標準化の経営理論も解説するが,多くは私の身の回りで起こっているエピソードを基に読者に実感いただき,さらにご自分で応用できるような考え方を身に着けていただけることを目指したい.なお,教科書的な軽い読み物が欲しい方は私の著作をぜひご覧いただきたい*2.
*1 筆者のウェブ紹介 https://crs-japan.org/experts/yoshiaki-ichikawa-jpn/
*2 本書のテーマに関する解説書 「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門
<「国際標準化の経営学」>
第1回:経営戦略における国際標準化の活用
第2回:これからのビジネスと標準化
第3回:Type 1(互換性規格)でプラットフォームを作る
第4回:Type 2(ものさし)規格で市場を維持する
第5回:Type 3(社会ニーズ定義)規格で新しい市場を創出する
第6回:カーボンニュートラルでの失敗に学ぶ
第7回:新しい資本主義に貢献するルール形成戦略
第8回:事業戦略に標準化を組み込む
第9回:実務担当者に必要な自覚と努力
第10回:ドローンの標準化への取り組み
第11回:スマートシティーのKPI争奪戦と取り残される日本
第12回:迫りくる欧州のデジタル製品パスポートとその国際標準化戦略
第13回:日本の誇る防災分野のビジネスとISO活動
第14回:サーキュラーエコノミーを巡るルール形成バトルの実態
第15回:アユシュシステム(Ayush systems)という好事例
第16回:国際標準化への取り組み方の基本
第17回:新たに提案された二つのコンセプト標準