国際標準化の経営学
-本連載を始めるにあたって-
標準化の戦略的な活用方法を知るために
標準化とは、誰かが経験をして「正しい・良いことが既に分かっているモノや方法(手順を定めた作業標準など)」を適用することにより、知識の再利用・経験の有効活用・成功事例の共有を促進し、品質と効率の同時達成を図る活動です。メリットは2つ挙げられます。一つは方法「計画・基準(=標準)」を明確にしておき、不具合の原因を計画・基準に求め、それを改訂することで改善を図れる点です。もう一つは、既に分かっているモノや方法について標準に従うことで余計なリソース(人、時間、カネ)を割くことなしに、新しいこと、難しいこと、重要なことにリソースをつぎ込み独創的な活動を促せる点です。

本連載では、日頃からISOマネジメントシステム規格を利活用している皆さまに、既存の規格を使う立場ではなく、自ら新しい規格を生み出すという視点から、標準化の基本・役割・効用を踏まえた上で、その戦略的な活用方法について深く理解していただくことを目的に企画しました。連載テーマは「国際標準化の経営学」です。執筆はさまざまなISO 規格づくりを日本代表として牽引した実績を有する市川芳明教授にお願いしました。

本連載を始めるにあたって

読者の方々はISO 9001やISO 14001に代表されるマネジメントシステムを自社に導入すること、あるいは認証を取得することに慣れていらっしゃることだろう。しかし、本連載は標準に従う立場ではなく、むしろそのような国際標準(あるいはJISのような国内標準)をどのように主体的に企画し、策定するかということを、経営学の視点から語っていくものである。本連載では、国際標準と国内標準をそれほど意図的には区別していない。ほとんどの論点が両方にあてはまると考えていただいて結構である。また、「標準」、「規格」、「標準規格」も同じ意味で用いている(英語ではこれらの区別はなく、いずれもStandardである)。私は普段は多摩大学の経営大学院(MBA)で社会人の受講生の方々に特別講義を行っている。所属はルール形成戦略研究所*1という組織である。この研究所では、私は標準規格という観点から、他の先生方も政治、法律、ロビーなどさまざまな観点から、「ルール形成」を経営にどう活用するかを研究し、発表している。

「ルール形成をどのように経営に活用できるのか」を一言でいうと、「ゲームチェンジャーになる」という表現がわかりやすい。経営は一種のゲームである(現にゲーム理論は経営学の基本理論のひとつである)が、そのルールを誰が決めるのだろうか?もしあなたの企業の業績が芳しくないとしたら、それはゲームのルールが適していないからではないだろうか?それでは、いっそルールを変えてしまえ、あるいは新しいゲームを作ってしまえというのが根本的な発想である。実はISO規格の多くは誰かの手によってそのような背景から生まれてきたと言っても過言ではない。

一方で、企業の側の認識も変わってきている。ポストコロナやニューノーマルと呼ばれる外部環境の変化は、企業の経営を大きく転換する契機となっている。これまで、例えばDX(デジタルトランスフォーメーション)や業務改革というキーワードはしばしば耳にしてきたものの、実態として業務やビジネスモデルが大きく変わったという企業は極めて少ない。つまりは必要性がなかったからでもある。しかし、いまはさすがにどの企業も本気で「変わらなければ」と感じ始めているのではないだろうか。このようなビジネスへの取り組み方の大きな変革に、極めて都合の良い効果的な経営ツールが「ルール形成」、その具体的な手段の一つが「国際標準化」である。 ここまでお話しすると、読者の方々もご自分の立ち位置が違ってくることをご理解いただけると思う。おそらく、いわゆる間接部門としてISO等の規格、あるいは国内外の法律への対策を任されている読者が多いのではないかと推察する。失礼ながらいままでは、ビジネスのいわゆる「傍流」にいたのではないだろうか(後述するように私もかつてはそうだった)。今の時代こそ、皆様がビジネスの「本流」になる時が来たといえる。企業経営の視点で日頃の経験を活かしていただきたい。本連載では、基礎的な国際標準化の経営理論も解説するが、多くは私の身の回りで起こっているエピソードを基に読者に実感いただき、さらにご自分で応用できるような考え方を身に着けていただけることを目指したい。なお、教科書的な軽い読み物が欲しい方は私の著作をぜひご覧いただきたい*2

*1 筆者のウェブ紹介 https://crs-japan.org/experts/yoshiaki-ichikawa-jpn/
*2 本書のテーマに関する解説書 「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門

 

 

<「国際標準化の経営学」>
第1回:経営戦略における国際標準化の活用
第2回:これからのビジネスと標準化
第3回:Type 1(互換性規格)でプラットフォームを作る
第4回:Type 2(ものさし)規格で市場を維持する
第5回:Type 3(社会ニーズ定義)規格で新しい市場を創出する
第6回:カーボンニュートラルでの失敗に学ぶ
第7回:新しい資本主義に貢献するルール形成戦略
第8回:事業戦略に標準化を組み込む
第9回:実務担当者に必要な自覚と努力
第10回:ドローンの標準化への取り組み
第11回:スマートシティーのKPI争奪戦と取り残される日本
第12回:迫りくる欧州のデジタル製品パスポートとその国際標準化戦略
第13回:日本の誇る防災分野のビジネスとISO活動
第14回:サーキュラーエコノミーを巡るルール形成バトルの実態
第15回:アユシュシステム(Ayush systems)という好事例

著者プロフィール
市川 芳明多摩大学ルール形成戦略研究所 客員教授
1979年東京大学工学部機械工学科卒業、日立製作所エネルギー研究所入社。ロボティクスおよびAI分野の研究に従事。その後、研究開発グループチーフアーキテクト室長、同グループ技術顧問、知的財産本部国際標準化推進室主管技師長を務め2020年4月退職。東京都市大学 環境学部客員教授。(一社)サステナブルビジネス研究所、(一社)ウェルビーイング規格管理機構、(一社)企業間情報連携推進コンソーシアムの代表理事。IEC TC111(環境規格)前国際議長、IEC ACEA(環境諮問委員会)日本代表、およびISO TC268/SC1(スマートコミュニティ・インフラストラクチャ)の前国際議長、 ISO TC 323(サーキュラーエコノミー)WG2国際主査。工学博士、技術士(情報工学)。
著書:「ルール徹底活用型ビジネスモデル入門」第一法規出版。
KEYWORD
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